公開: 2021年4月24日
更新: 2021年6月11日
日本社会における労働者の終身雇用制は、単に、雇用主である企業が一人の労働者を、その定年まで雇用すると言うだけの雇用制度ではない。日本の終身雇用は、新入社員一括採用制、企業内教育制、年功序列制、配置転換制(定期異動)、そして定年退職制など、雇用に関係した様々な制度と絡み合った総合的な制度の総称である。社員は、卒業前の就職試験を経て、毎年4月に一斉に企業へ就職する。その後、長期に渡る新入社員教育を受けた後、所属部署へ配属となる。
所属部署へ配属された新入社員は、先輩社員の監督の下でその部署での仕事に従事するために必要な知識を獲得するため、さまざまな教育訓練をOJT(On-the-Job-Trainning)と呼ばれる現場での実践を通した教育によって学ぶ。このような教育期間を終わると、一人前の社員として独り立ちをして、与えられた仕事に従事する。入社から一人立ちして働けるようになるまで、どの社員も給与は毎年、同じように昇給してゆく。その後、各従業員の給与は、それぞれの働きによって、少しずつ違いが出るが、大きくは変わらない。
このようにして、同一の部署での仕事を続けて一定期間が過ぎると、同じ部署内で主任などに昇進する者と、別の部署に転属になる者が出てくる。転属になった従業員の場合、それまでの知識だけでは仕事に従事できなければ、新しい職場で必要になる知識を社内教育で獲得する。そして、新しい職場で主任などに昇進する。このような経験を一定期間続けた後、従業員は管理職へと昇進する。企業内労働組合が存在する企業組織の場合、管理職に昇進した社員は、組合を脱会する。
多くの場合、社員は課長まで昇進できるが、部長にまで昇進できるものは限られる。そこで、部長まで昇進できなかった社員には、関連企業への転属などが、企業側から勧められる。関連企業へ転属すると、普通は部長や取締役待遇となる。このようにして、社員は、一定の年齢(定年退職)に達するまで、入社した企業かその関連企業で働く。同じ企業に勤務し続けた社員は、その企業で決まっている定年退職まで働く。関連会社に転属した社員は、元の会社の定年退職よりも少し長く勤務することができる例が多い。
この制度は、一旦、企業に入社した社員は、一生を通してその会社、またはその会社の子会社などの、関連会社に席を置くことが前提となっている。入社した会社と全く関係のない会社や、競合関係にある他社へ移ることはないと仮定されているのである。また、その会社での生涯を通して、同一の業務・専門に従事することはほとんどない。それは、同じ会社に勤務することは、昇進によってその人が就任できる職位(ポスト)の数が、どんどん減るからである。日本の会社では、昇進できなければ、給与はあまり増えない。
米国社会では、企業の採用は、職務記述書に基づいて実施される。それには、その職務に必要な知識、前提とされる教育と経験、支払われる給与額などが記載されている。このことから、ある社員を採用したときの職務から、他の職務に移動させることは、企業内だとしても難しい。また、職務を変わることで、給与が高くなるとは限らない。そのような理由から、高い給与を望む社員は、一旦、その企業を退職して、新しい知識を大学などで学び、より高い給与で雇用してくれる企業へ再就職し、より高度な職務に従事するのが一般的である。
さらに、米国社会では、社員の年齢による差別は法律で禁じられているので、定年退職の制度はなく。従業員自身が、仕事を継続しないことを選択して自主退職するのが原則である。つまり、不景気等による労働者のレイオフは認められるが、エクゼンプト社員の年齢による退職は、法的に認められていない。退職が認められるのは、職務記述書に記載されている業務が、その業務が企業内において、必要がなくなった場合だけである。これは、その企業内で、その業務に従事すべき従業員数が減った場合にも、解雇の要件に当てはまる。
濱口桂一郎は、終身雇用、新卒一括採用、年功序列の3つの制度を基本とする日本型の雇用制度を、メンバーシップ型雇用と名付け、一般的な、西洋型雇用制度をジョブ型雇用と呼んで、区別している。メンバーシップ型雇用では、新規採用になる若者が教育で学んだ専門性は、採用時点で問われることがない。つまり、大学などの高等教育で学んだ専門知識と、就職後に従事する仕事との間に、直接的な関係は必要とされない。ただし、採用された若者は、一定以上の期間、その企業の従業員として教育を受け、働くことが前提とされている。これは、入社した企業が、長期にわたって従業員の生活を保証することを意味している。このため、日本の企業で働く人々には、一般に勤務時間外に、他社の従業員として働くことは、認められて来なかった。
このようなことが原因で、ソフトウエア技術者の場合、勤務時間外出あっても、open source softwareの開発に、直接、関係することが困難であったと言われている。時間外の活動であっても、その成果が所属する企業の業務に関係していれば、その成果の知的所有権は、雇用する企業に帰属すると考えられているからである。このことが、日本人技術者が、専門家として、世界の舞台に羽ばたく例が少ない理由だと、解釈されている。それは、結果的に、優秀な日本人技術者の育成や成長を阻害する要因になっている。仮に、時間外にオープンソースソフトウエアの開発に携わることができても、仕事の内容が変化する終身雇用では、それをいつまでも継続できる保証はない。あくまで、会社がそれを本人の仕事として、認める限りにおいてでのことである。
日本の雇用、島田晴雄、ちくま新書、1994
日本の雇用と労働法、濱口桂一郎、日経文庫、2011